『M-1グランプリ2020』決勝感想~退屈な日常をファンタジーに変える過剰性の炸裂~
「過剰」こそ正義である。笑いが感情を揺さぶるものである以上、それでいいと思う。多くの芸術/エンターテインメントがそうであるように。
もちろんバランス感覚も大事だが、圧倒的な過剰性を前にした場合、どんなにバランスを調整したところで歯が立たない。バランス感覚で秀才にはなれるが、天才にはなれない。突出した過剰性なしに、他を圧倒することは難しい。
だからといって、ただ単に過剰であればいいと言うつもりはない。何が過剰であるか、どこを過剰にするか。面白くなりそうな場所を的確に見極めて、確実に過剰にすることができるか否か。その選択センスは当然問われることになる。
それは温泉を掘り当てるようなもので、何も湧いてこない場所をいくら掘っても面白くなることはない。必要なのはまず、ここ掘れワンワンの嗅覚であり、逆に言えば掘るべきでない場所は自信を持ってスルーすることができる嗅覚でもある。
掘るべき設定、掘るべき動き、掘るべき言葉。それらを目ざとく見つけ、迷わずに勇気を持って光が見える地点まで掘り進めることができるかどうか。
と同時に、それ以外の場所には構うことなく残酷に切り捨てることができるかどうか。それもまた勇気である。
反対に面白くならない場所を無理に掘り進めると、「スベる」という滑落事故が起こる。どんなに堀り方を丹念に微調整したところで、深い場所へ到達することは望むべくもない。
今回は観ていて、特にそんな過剰さと面白さの関係について考えさせられた。しかし最終的にはそんな些末な考えも、理屈を超えた、あるいは漫才というジャンルすら超えた笑いに吹き飛ばされてしまった。
それは大会としてとても良いことなのだと思う。
以下、登場順に個別レビューを。
【インディアンス(敗者復活枠)】
彼らが勢い重視なのはもちろんわかっている。わかってはいるのだが、いかんせんボケの浅さがいつも気になってしまい、個人的には笑いにまで届かない。
前半から後半に向けて積み上げる要素がなく、単発の連打に終わるのも物足りない。一箇所を深めるという方向性も試してみたほうがいいように思うが、試した末で捨てた結果のこのスタイルなのかもしれない。
あとはこの方向性だとどうしても、一種のレジェンドであるアンタッチャブルとの比較になってしまうというのも痛い。
田渕の雰囲気こそ近いとはいえ、過剰さという意味ではザキヤマは完全にモンスターであり、かなうとはとても思えない。そのうえ向こうは、ツッコミの柴田もとんでもない瞬発力と対応力を備えている。
このままでいくと、他の決勝進出者との勝負以前に、常にアンタッチャブルとの勝負を強いられることになる。少なくともアンタッチャブルの漫才を観たことがある観客の前では。
しかも向こうは十年ぶりに漫才を復活させて、優勝時と遜色のない実力を改めて見せつけたばかり。このまま掘り進めた先に、トンネルの出口は見えない。
【東京ホテイソン】
霜降り明星に先を越されてしまったため、ツッコミのスタイルがそのフォロワーと見なされてしまい勢いを失った部分もあったが、去年の敗者復活戦も面白かったので期待していた。
解答の破綻した謎解きクイズという設定は、最初から壊れているがゆえに斬新で挑戦的。
審査員のオール巨人が「答えがちゃんと伝わっていない」という旨の発言をしていたが、これはもちろん答えなどわからなくていいという前提で作られているネタであって、きちんと伝える必要はない。本当の謎解きクイズではないのだから、正解が的確に伝わったところで面白さは変わらない。
だが何事にも正解を欲しがる人がいるのも事実。それが面白さにつながるかどうかは関係なく、単に正解という別の達成感を求めるがゆえに。
個人的にはそういう人は無視していいと思っているが、ここから「面白いうえにきちんと正解も伝える」という一挙両得にチャレンジする価値があるのかどうか。一石二鳥よりは、虻蜂取らずになる可能性が高いのではないか。
引き続き彼らへの期待は続く。
【ニューヨーク】
嶋佐が語るエピソードに細かい犯罪が次々と含まれ、そこにやがて正反対の善行が混じってくるというねじれた展開が見事。
前半の非道徳的な人間像よりも、後半の道徳的な行動を加えたほうが余程ヤバい人に見えてくるという逆説。こういうブラックな人間性のあぶり出しは、ニューヨークの真骨頂だろう。
彼らはすでに、いつ優勝してもおかしくないポジションにまで来ているように思う。
【見取り図】
完成度が高くほとんど非の打ちどころがない。
前半で張った何気ない伏線を、後半の意外なタイミングで回収するのが彼ら独自の特徴といえば特徴だが、それ以外は正統派と言っていいだろう。
逆に言えば、漫才としてのクオリティはすでに上限まで来ているようにも見える。ここから新たな要素をつけ加えるべきなのか、さらに上を目指すにはいったん解体して土台から組み直す必要があるのか、判断が難しい段階に来ているような気もするが、タイミングさえ合えばこのままで優勝してもおかしくない。
個人的には二本目より一本目のほうが良かった。
【おいでやすこが】
各自の芸を持つ人間が組んだユニットだからこそ、漫才が個と個のぶつかり合いであるということを再認識させられた。
この組み合わせを耳にした時、こがけんの歌がフィーチャーされるのは想定内だったが、それによっておいでやす小田の叫び&地団駄ツッコミまでもが際立つというのは正直想定外だった。結果、見事にWin-Winの関係になっている。
最終決戦は、僕の中ではマヂカルラブリーとおいでやすこがの二択だった。破壊力の点で前者のほうが上だと思ったが、他にはできないことをやっているという意味では、彼らが優勝しても文句はなかった。
【マヂカルラブリー】
とにかく破壊的に面白かった。
二本とも観ている途中で、「漫才ってなんだっけ?」という根源的な問いが浮かんだ。でも結局、「まあ面白いからいっか」ともなった。
つまるところ、観ているほうとしては面白ければなんだっていい。そういう意味では、観る者すべてを初心に返す力を持ったネタだった。
野田クリスタルはとにかくなんでもやりすぎる「過剰の人」である。筋肉もつけすぎだし、ゲームも作るまでやる必要はない。だがそれでもやってしまう人だからこそ面白い。
彼が演じると日常がファンタジーになる。フレンチレストランも電車の中も、漫画的/ゲーム的な言動でいつのまにかファンタジーの強度を持ちはじめる。なにもかもが過剰である世界。
そんないきすぎた世界を、なんとか片足だけでも地上にとどめてみせる村上のツッコミのタイミングも秀逸。
弱点は頭からやりすぎてしまうがゆえに、竜頭蛇尾になり後半やや失速気味になりがちなところだが、それでも走りきってしまう強さを感じた。
このまま小さくまとまることなく過剰であり続けてほしいが、それを受け容れる土壌をテレビが作れるのかどうか。その点には一抹の不安もある。
【オズワルド】
インディアンスがアンタッチャブルを連想させるのと同様に、こちらはおぎやはぎの影響を強く感じさせる。
影響と言うよりは、もはや幻影と言ったほうがいいくらいに。
これは僕がおぎやはぎを好きだからかもしれないが、彼らの漫才で何を言われても、「おぎやはぎだったらなんて言うだろう」とつい考えてしまうのを止められない。
それは主に伊藤のほうの喋り方が矢作に似すぎているからなのだが、いざ蓋を開けてみれば、けっしておぎやはぎのように褒めあう内容でもない。
ツッコミの声を張り上げるべきか抑えるべきかで審査員の意見が割れたが、個人的には抑えたほうがいいという松本の意見に賛同する。
しかしそうなるとゆるさが前面に出てますます矢作感が強まってしまうわけで、そこから脱却するためにあえて張り上げるようにしたのではないかという気もする。
やはり先駆者のいる道は険しい。つくづくそう思わされる。
【アキナ】
ライブ招待にかこつけて、とにかくモテたがる男の行動、というネタの根幹部分に関して、審査員のサンドウィッチマン富澤は「僕がおじさんだからピンと来ないのかも」というようなことを言っていたが、僕はむしろ逆で、古いと感じた。
古いというか、使い古されている。だからもしやるならば、モテたい行動に見せかけて、その先に別の真の目的があるとか、別の意外な欲望があるとか、そこまで行ってほしくなる。
「モテるってなんだろう?」とか「格好よさってなんだろう?」とか、既存の価値観を疑わせるところまで連れていってほしかった。
【錦鯉】
とにかくキャラクターの力だけで笑わせてしまうというのも、笑いのひとつの形であって、特にテレビでは求められる力だろう。
基本的には一発ギャグをどう生かすか、という発想で作られているネタに見えたので、長谷川のキャラクターの力は感じられたけれど、ネタとしての破壊力はいまひとつ感じられなかった。
【ウエストランド】
負け組男の偏見や妄想を世の中への怨嗟にまで高めて吐き捨てる井口のスタイルは、個人的には以前から好きなのだが、その標的が女性である場合、当然と言えば当然だが女性受けがすこぶる悪いような気がする。
もちろん男が男の偏見をぶつけるネタである以上、仮想敵は自動的に女性になってしまうわけだが、時代の趨勢もあって、彼のボケがストレートに笑い飛ばしてもらえなくなっているような空気を感じた。
それは女性に限らず、女性に囲まれ彼女らの空気を読んで生きている男性らにとっても同様で、そうなると男もこれを面白いとは素直に言いづらい環境になっている感も正直あったり。
一方で彼らには金持ちを標的としたネタもあるので、そちらのほうが遠慮なく共感はしやすいかもしれない。とは思うが、そこまで人の顔色を伺ってやるべきものなのかどうか、という疑念もあって。
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