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『M-1グランプリ2016』感想~改めて「漫才らしい漫才」というベタな評価軸を持ち出さねば測りきれぬほどの、まれに見る接戦~

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毎度司会者や審査員は、口を揃えて「今回はレベルが高い」と言うものだが、今回は本当にレベルが高かった。ゆえに何か強引にでも確固たる評価軸を設定しておかないと、異様に審査が難しい大会だったと思う。

 

きっと審査員のうちの何人かは、自分の趣味嗜好を超えたところで、「M-1のMは『漫才』のMだ」というところを拠りどころに、最終審査に望んだのではないか。そうやって、ある種自分の外に客観的な評価軸を設定しないと比べられないくらい、上位陣の実力は例年になく拮抗していたように思う。

 

個人的には、最終決戦に残った3組の、1本目と2本目のクオリティの差に注目していた。『M-1』の場合、優勝するためには「2本揃える」というのが至上命題となっているが、やっぱり1本目で高得点を叩き出さない限り2本目に進めない以上、どうしても1番の自信作は1本目に持ってくることが多い。

 

つまり2本目は、必然的にクオリティがいくらか落ちるのが当然で、あとは1本目で認知されたキャラクターの浸透力でどれだけカバーできるかの勝負になってくる。

 

今回の場合、最終決戦に残った3組のうち、2本目が1本目と同等のクオリティを備えていたのが和牛、若干落ちたのがスーパーマラドーナ、それよりもさらに少し落ちたのが銀シャリだと感じた。銀シャリは1本目が良すぎた、というのもある。

 

とはいえこの3者の2本目の出来の差は誤差に近く、つまり審査員の面々にとっても、自分内にある「面白さ」という主観的基準だけで優勝者を決めることを諦めざるを得ない状況にあったと思う。

 

結果、審査員は「漫才らしい漫才」という、大会名に則った至極ベーシックなメジャーを今さら工具箱から引っ張り出したうえで、もっともオーソドックスな(コント的でない)漫才スタイルで勝負した銀シャリに軍配を上げた、ということになるのではないか。

 

逆にいえば、「漫才らしい漫才」という評価軸を改めて持ち出させた時点で、銀シャリの勝ちが見えたということもできる。どんなジャンルにおいても、邪道が王道を打ち破るには、誰が観ても明らかなほど圧倒的に勝つしかないのだ。

 

それでは以下、登場順に感想を。

 

【アキナ】

マセた5歳児が親に浴びせかける大人びた発言の数々。

話が進んでいくにつれ、それらが徐々に名言レベルへとグレードアップしていくという尻上がりな展開。

 

緩急や意外性はあまりなく、巧さはあるが突出した特徴がないとも言える。

 

【カミナリ】

ウド鈴木的なボケ+方言ツッコミ。

というと「キャイ~ン+U字工事」ということになるが、ツッコミのパンチ力の強さも含め、当たらずとも遠からずか。

 

ツッコミの比重が高く、その声の大きさと大振りな腕のスイングが印象に残るが、言葉の精度もちゃんと高い。

たぶん大御所の人たちは、「そんなに殴ったらアカン」的なリアクションをすると思ったので、上沼恵美子の81点は案の定。しかし巨人師匠の91点はちょっと意外。

 

相席スタート

合コンを野球のバッティングにたとえてみせる演出は面白いが、中身の「あるある」ネタが巷間に出回っている一般的な「あるある」であり過ぎるため、根本的なエンジンパワーが弱い印象。

 

共感はできるものの、共感を超えない。

 

銀シャリ

ほとんど完璧といっていい漫才を見せた1本目。

ボケが一番面白くなってきたあたりで、スパッと思い切りよく次のパターンへと切り替える展開力とタイミングの妙。

中盤で一気に畳みかける箇所もあり、緩急も自在。

最小限の素材を最大限に活用する、コストパフォーマンスの異様に高いネタで、隙がなく圧巻だった。

 

そんな完璧な1本目に比べると、2本目はやや小粒な印象。

1本目の「ドレミのうた」というピンポイントな設定に比べると、「雑学」というやや広めなテーマ設定であったぶん、縦に深めきれないまま終わった。

 

それでも対等な勝負に持ち込めるだけのクオリティは備えており、2本トータルで考えるならば納得の優勝。

 

スリムクラブ

相変わらずもの凄くゆったりしたテンポにもかかわらず、「U-18の天狗」「ばあちゃんを2WDに戻してください」「僕はおばあちゃんから生まれた」「家族のトーナメント表みたいなの」など、キラーフレーズ満載でとにかく面白かった。

圧倒的に不条理な世界観と鋭利なワードセンスの相性も絶妙で、個人的には大好きだが、ついていけない人が少なくないのもわかる。

 

上沼恵美子はもっとわかりやすくしろと愛のムチを放っていたが、個人的には下手に観客に合わせてほしくない。もちろんわかりやすく味つけしない限り、評価してもらうのが難しいのはわかるし、まさに今回がそういう場だったわけだけれど。

 

【ハライチ】

昨年は独自の「ノリボケ漫才」を封印した結果、普通すぎる漫才になってしまっていたが、今年はきっちり新たなハライチを見せてくれた。

 

形としては、ツッコミを無視して容赦なくボケ進めていくという、ナイツやオードリー系の「すれ違い漫才」に近い。

といっても従来の「ノリボケ漫才」も、冒頭とラスト以外はまともな会話にはなっていなかったわけで、そういう意味ではハライチらしい距離感はきっちり生かされたスタイル。

しかし今回のように、「漫才らしさ」が評価基準になってくると、2人が正面からガッチリぶつかり合う「対話の妙こそが漫才」という古典的な価値観が壁になる。

 

だが個人的にはかなり面白く、このパターンのネタを他にも観てみたいと思った。

 

スーパーマラドーナ

スーパーマラドーナといえば武智のヤンキー感が売りだと認識していたが、今大会で田中の方のポンコツキャラがブレイク。

 

日常的な出来事の報告が徐々に狂気性を帯び、起承転結の「転」で衝撃の展開を見せた1本目。

田中の歩き方レベルの細かいボケもきっちり機能していて、その変態的なキャラクターを印象づけることに成功した。

 

それに比べると2本目はやや大味だったが、スピード感と派手なアクションによって細部をカバーして余りある勢いが生まれ、貧弱な田中が体格のいい武智をひょいと持ち上げたところで笑いが沸点に達した。

 

全体にもう一段階精度を高めることが出来そうな余地があり、逆にそこが伸びしろとスケールの大きさを感じさせる。

とはいえ、今回優勝してもなんの不思議もなかった。

 

さらば青春の光

「漫画やん」「能やん」「浄瑠璃やん」とツッコミワードを限定しつつ発展させていくことで、狭い設定を深く掘り下げるタイトな言葉遊び。

 

最後に待ち受けていた「キャッツやん」がやや言葉として弱く、ラストが尻すぼみ気味になってしまったことが悔やまれるが、他とは絶対にかぶらない設定やキーワードで勝負してくるあたり、やはりこの人たちにしかできない世界観がある。

 

【和牛(敗者復活枠)】

2本ともクオリティをきっちり揃えてきたあたり、やはり確固たる実力を感じさせるし、他のネタも観たいと思わせる力がある。

 

1本目がドライブ、2本目が花火大会という同方向のデートネタを2本揃えてきたのも、クオリティの安定に一役買っているとは思うが、逆にそこが2本目を縮小再生産っぽく見せてしまったかもしれない。

実際には2本目も、クオリティは1本目同様に高かったのだが、今回ほどの僅差勝負になってくると、そういう戦略的な部分も少なからず(そして決定的に)作用してくるだろう。

 

とにかく人間の嫌な部分を細かく炙り出すボケのセンスが秀逸で、そこに関西のテンポ感の良いツッコミがジャストタイミングで入ってくる。

描写のレベルも細かく、2本目で迷彩柄の服が思わぬところで効いてくるあたり、すっかりしてやられた。

 

最終決戦を3者が終えた時点で、個人的には和牛が優勝するのではないかと思った。彼らの2本目のクオリティには、それくらい確かなものがあった。