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『M-1グランプリ2023』決勝感想~わからないのに面白いことだってある~

一本目が終わった時点では、全体にやや低調な大会という印象だった。小ネタの単調な羅列であったり、笑いのないフリ部分が妙に長かったり、劇場サイズの長尺でゆったり観たいタイプのネタであったり。

そんな近年にしては構成があまり行き届いていないネタが続いたことから、これはひょっとすると、今大会が冒頭に打ち出していた「爆笑が、爆発する。」というキャッチコピーが、むしろ呪いになっているんじゃないかとすら。

だが最終決戦三組による二本目によって、結果的には帳尻が合ったというか、例年のレベルにまできっちり到達してきたように感じた。

優勝した令和ロマンに関しては、2022年のレビュー内でも触れたが、昨年の敗者復活戦を観た時点で彼らが断トツの勝ち上がりだと思っていたので、今年はかなり期待していた。あの不可解な敗戦(ネタではなく知名度でオズワルドに負けたような)が、優勝という理想的な形で報われて本当に良かったと思う。

それでは以下、登場順に。


【令和ロマン】
大会の冒頭を飾る一本目は髭の形状をイジる高速のつかみから、「学生男女が曲がり角で衝突する出逢い」という漫画あるあるの検証へ。

審査員も言っていたが、髙比良くるまが会場の空気を味方につけるスピードが異様に速く、しかもトップバッターでそれをやるのは並大抵のことではない。

ネタを観ている最中、「あれこの人、そういえば誰かに似てるんだよな~」とずっと思っていたのだが、途中でそれが松山ケンイチだと気づいて、そこからさらに自分の中で藤井隆にアップデートされていった(アップデートなのか?)。いずれにしろこの人には、藤井隆にも似たキャッチーさがどうやらある。

すしざんまいあたりの、松井ケムリのほうが上を向いたときにはめてくる小ネタのワードがイマイチはまりきっていない感はあったが、全体に言葉の精度が高く、たしかな実力を感じた。ただしつかみが強いせいもあってか、やや竜頭蛇尾な構成で、後半の爆発力は少し足りなかった。

一方で二本目のほうは、松本人志も言っていたが明らかに一本目よりもレベルが上がっていた。

町工場ドラマという設定のもとに、一本目に続いて「クッキーに未来はない!」等の言葉の力を見せつけつつ、髙比良くるまの奇妙な動きが加わり、言行二方面の笑いが両立したほとんど無双状態に。

トップバッターという出順の不利を見事に切り抜けた末の、納得の優勝。


【シシガシラ(敗者復活枠)】
敗者復活戦のネタをそのまま決勝でやるかどうかという迷いはあったと思う。特に今年のように、両方の戦いをつなげて放送されてしまうと、さすがに同じネタはやりにくくなるというのもある。

決勝で披露したネタよりも、敗者復活ネタのほうが明らかに斬新かつ強力だった。敗者復活戦の芸人審査員も評価していたように、言葉でツッコまずに表情と身振りだけであれだけ観客を巻き込むというのは、あまり観たことがないかもしれない。

禿げネタにはいまどきコンプライアンスの壁が立ちはだかるはずで、そう思っていたら決勝ではまさにそこをネタにしてきたあたりは頼もしい。だがその一方で、フィジカルのみをイジるネタの限界というものも少なからず感じた。


さや香
去年優勝寸前までいっていたさや香だけに、期待は大きかった。

一本目はブラジル人留学生のホストファミリーに立候補しておきながら、「飛ぶ」という奇妙な選択をする男。

後半の展開もしっかりと用意されており、もっと長く観ていたいと思った。

だがそう感じたということは、もっと掘り下げる部分がありそうに思えたからで、もうちょっとブラジルや留学時の行動に関するディテールを描いてくれると、より感情移入しやすかったかもしれない。 ありがちな設定ではないだけに、やや丁寧な入口が欲しくはなる。

そして二本目は、議論を呼ぶ問題作。

数学の四則演算に加えて「見せ算」という新たな計算方式を発明したと言い張る男。その授業というかスピーチというかインチキ臭いセミナーのような講義が、無駄に熱く繰り広げられ続けるという先鋭的な内容。

だがそのほとんど陰謀論レベルの、一個人の脳内だけで成立している理屈が、どうにも面白くてしょうがない。もちろんそんなものが万人に通用するはずがないのだが、それでもなんだか一理だけはあるような気がする。その「一理」をどこまでも拡大してゆくその身勝手な思考回路が、実に滑稽だが人間的だと僕は思う。だって人間の考えることなんて、みんなほとんど一理程度しかないじゃないか。

ところがSNSを見てみると、「わからなかった」という意見が結構多く見られる。それはもちろん、そうなるだろうなとは思う。むしろこんな思想を完全に理解できてしまったら、それこそヤバい奴だ。

創って演じている本人だって、別に完全にわかってやっているわけではないだろう。本気でこんな珍説を信じているはずはないのだから。なのに「わからなかったから、つまらなかった」というのは、あまりにも貧しいものの見かた、楽しみかたではないだろうか。

わからないことの中にも面白いものはたくさんあるし、わからなさとつまらなさは全然イコールではない。むしろ人間、わかることよりもわからないことのほうが多いのだから、わからない領域のほうに面白いことは多くあると考えるべきかもしれない。

そして「わからないままに、面白い」という状態は、これは確実にある。僕は純文学を読んでいるときにそれを感じることが多いのだが、自分にわかる範囲内のことだけが面白いというのは、それは「面白さ」のふりをした「安心」のことなのではないかと思ったりもする。

その一方には「安心の笑い」というのもたぶんあって、人がよくあるベタなネタを見たがったりするのは、そういうことなのかもしれないのだが。

もちろんこういう尖ったネタが万人に評価されないのはわかるのだが、個人的に最終決戦は令和ロマンとさや香で票が割れると思った(そのうえで令和ロマンが勝つとは思った)ので、彼らに一票も入らなかったのは残念だった。そのうえ山田邦子の最後のひとこと……。

とはいえさや香のこのチャレンジングな姿勢はとても頼もしく、改めて彼らのストイックな姿勢とたしかな実力を証明する形になったように思う。そういう意味では、非常に意味のあるネタだったのではないか。


【カベポスター】
願いごとが叶うおまじないが、いつのまにやら巧妙な「ゆすり」行為になっているというゆるやかな展開。

その独特の空気感はおぎやはぎにも通じるものがあって、もう少しリラックスした場で長く観たいと思わせる。そういう意味では、あまり『M-1』向きなスタイルではないのかもしれない。


マユリカ
倦怠期の夫婦のやりとり。

途中に差し挟まれる小ネタなど、面白い箇所はあるのだが、全体としてあまり印象に残らなかった。


ヤーレンズ
一本目は大家さんへの挨拶、というシチュエーション。

いい意味でいい加減な小ボケの連発に、トレンディエンジェルを想起した。 ひとつひとつは浅めだがだんだんとそれが癖になってきて、もっと欲しくなってくるという不思議な中毒性がある。

二本目はラーメン屋設定でわりと順調に進んでいくかと思いきや、最後にベンジャミン・バトンの伏線が鮮やかに回収される。

立ち上がりはやや鈍かったが終わりかたは今大会随一の美しさで、そこが優勝に肉迫する評価へとつながったのだと思う。


真空ジェシカ
映画館……ではなくA画館~Z画館にまつわるあれこれ。

例年どおり、小ネタを次から次へと速射砲のように繰り出してゆくスタイルを貫いていたが、映画泥棒が勝ったところには明確な山場感があった。

相変わらず言葉のチョイスがいちいち秀逸で、その精度はすでに限界まで高められている気がするのだが、それゆえにやはり小ネタの羅列という形式面における限界を感じるのも事実。


ダンビラムーチョ
人間カラオケボックスによる歌ネタ。

審査員もこぞって指摘していたように、最初の歌が長すぎてボケ数が少なく、どうにももったいない印象が残る。

一曲目のチョイスが『天体観測』というのもやや微妙で、もちろんメジャーな曲ではあるが、もっと頭から最後までを万人が記憶しているベタな曲を題材にしたほうが、ズラした箇所を観ている側が直感的に認識しやすいように思う。


【くらげ】
松本人志が言っていたように、すでに序盤の入りから、これはミルクボーイの変奏であると感じた。

そうなると何か特別な妄想や飛躍が必要になるが、むしろ続くのはサーティーワンやサンリオ商品に関するリアルな情報の羅列だけで、地に足が着いたまま終わってしまった印象。


モグライダー
「空に太陽がある限り」の歌詞を、面倒くさい女と看破するその切り口は流石。

だがどうにも時間が足りず、いやにあっさり終わってしまったように感じた。

彼らが生み出したこのゲームシステムに、観る側もだいぶ慣れてしまった感があって、そうなるとどうしてもともしげのバグ頼みになってしまう。

そろそろ彼らの違う形の漫才も観てみたいが、二つ目のスタイルは失敗するケースが多いのもたしか。それでも変化を期待したいところではある。


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『キングオブコント2023』感想~しれっと発動する逆説の魔力~

今年は出だしのカゲヤマの裸のインパクト一発で場が大いに荒れた印象があって、何よりも審査員がみなその影響をまともに喰らってしまっていたように見えた。

その一撃のおかげで審査基準がほぼ過激さのみという麻痺状態に陥ってしまい、9組目のサルゴリラが圧倒的な高得点を叩き出すまでは、およそ誤差の範囲と言っていいほどに同じような採点ばかりが並ぶことになった。そうなればもはや、採点がさほど意味をなさなくなってしまう。

実際のところ、すべてのネタに全員が90点台をつけたというのは、それだけ今年のレベルが高いというわけではなく、一組目の衝撃に全員が高得点をつけすぎたことによる弊害だろう。

にもかかわらず、そうして荒れた場もなんのその、トップのサルゴリラだけは抜きん出た高得点を二本揃えての完全優勝。スポーツでもどこの世界でもそうだが、一位だけがその日の流れや審査基準などお構いなしに、別次元のレベルですべてをねじ伏せるというケースは少なくない。

結局のところ、そうやって飛び抜けた一組さえ確実に摑まえることができれば、二位以下の点数がどんなに曖昧な団子状態であろうと特に問題はないのかもしれない。だが審査される芸人の立場になってみると、さすがにもう少し差をハッキリさせてもらわないと現在地が見えにくく、今後の指針も立てづらいという気持ちもあるのではないか。

観ているほうとしても、もう少しレースを楽しませてほしいという気はする。まるでゆとり教育の象徴として有名な、あの運動会で全員が手をつないでゴールする徒競走のような横並びの状態は、実力主義の夢を見せるお笑いの世界にもっともふさわしくない態度であるようにも思われる。少なくとも、賞レースという形式を採用している以上は。もちろん点差をつけるのが難しいのも、事実ではあると思うのだが。

それでは以下、登場順に感想を。


【カゲヤマ】
一本目は料亭的な場所で、取り引き先に謝罪をするためにやってきた上司と部下。後輩の尻拭いと称して上司が襖越しに繰り出したネイキッド土下座で、今大会は幕を開けた。

たしかにその視覚的なインパクトは大きかったが、個人的にはシンプルな繰り返しに飽きがきてしまった。裸芸というのも、ドリフ的というか前時代的というか。

松本人志が指摘していたように、かつてロッチが優勝しかけたときの試着室ネタを思わせる。しかしあれはわざとらしく脱いで見せているとはいえ、場所が試着室という、服を脱いでしかるべき状況であるところに、ある種の納得感とリアリティが感じられた。

それに比べるとこちらは、土下座と裸のつながりが薄いように思えた。「普通の土下座をするよりも、裸で土下座をしたほうが許してもらえる可能性が高いはず」という発想に、いまいち乗れなかった。それよりはもっと明確に、相手にメリットを提示したほうが成功率は高いのではとか、そういうところでどうにも引っかかってしまった。

すなわち裸が本当にベストな手段である状況ならば面白いが、それ以外にもっと効果的な方法がありそうな場面であるのに、見た目のインパクトで裸を選んでいるという作者側の都合が、どうしても透けて見えてしまうような。

二本目もやはり上司と部下だが、今度は二人の役割を入れ換えたうえで、上司のデスクに「温かいもの」が置かれるという不思議な設定。個人的にはこちらのほうが設定の狂気性は勝っているように思えた。他とかぶらない設定を持ってくるそのスタンスには頼もしさを感じる。


ニッポンの社長
一本目は友人兼恋敵との喧嘩というベタな青春ドラマに、武器を持ち込むことですべてを狂わせるというパロディ的構図。

かと思いきや、片方がどんなに卑怯な武器(刃物、拳銃、ライフル、手榴弾刺叉、地雷……)を投入しても青春ドラマがまったく狂わないという、逆の逆を行っているのが凄い。そして最終的には、正々堂々素手で闘っているほうが、「お前も卑怯な手を使ってでも勝ちに来いよ」という台詞を吐くという逆説的展開。

こうやってしれっとベタな設定を逆手に取ってくる感じは、彼らの真骨頂であると思う。

二本目はなにかしらの摘出手術。身体から何が出てくるかの大喜利かと思いきや、それどころではなくとにかく量が出てくる出てくる。掃除機コードのエンドマークの登場を待っての「出しすぎちゃう?」には完全にやられた。最後の目玉オチも強烈で、いつもながら遠慮なくやり切ってくるスタンスに痺れる。


【や団】
劇団設定に、灰皿を投げるタイプの鬼演出家。そこで灰皿をクローズアップするところまでは想定内と言っていいが、そこからの展開が予想外。ニッポンの社長に続いて、ここにもまた逆説がある。

通常であれば、持つ武器が強力になると、持つ人も当然そのぶん強くなる。しかしここでは、武器の灰皿が軽量のステンレスから重厚なガラスへと如実にパワーアップすると、それを持つ演出家は安易にその武器を投げられなくなってしまう。灰皿の攻撃力と演出家の暴力性は、むしろ反比例する形になっていく。

これはあえて大袈裟に考えてみると、「核兵器を持ったとしても、実際のところ核兵器はそう簡単には使えない」といった壮大な問題を想起させもする。もちろん本人らにそこまで考えさせる意図はないのかもしれないが、つまりそれほどまでに普遍的な真実がここにはあるということだ。

しかしそんなことは考えずとも充分に面白い。


蛙亭
電話での別れ話に落ち込む女と、その目前で転倒することにより崩れてしまった寿司をひたすらに悔いる男。

しかし男の寿司への強い思い入れが、いまいち伝わってこなかった。二人の問題が特に関連してくるわけでもなく、長いこと積極的に口論するほどの関係性になっていないとも感じた。正直なところ、こういう場合だとお互いに無視して帰るだけだろうな、と思ってしまった。

二人が同じ問題を共有するようになると、蛙亭らしい狂気性がもっと前面に出てくるような気がするし、過去にはそういうネタも観たことがあるような気がする。


ジグザグジギー
元芸人市長の記者会見、という設定に特別な飛躍はないが、それがまさかの大喜利方式。

その根底には『IPPONグランプリ』感、松本チェアマン感がずっとあって、どうでもいい大喜利あるあるが、シチュエーションを記者会見に変えただけでいちいち面白く映る。

通常、パロディをやるならば遠い二つの要素を掛けあわせたくなるものだが、ここでは大喜利と記者会見という、見た目的には比較的近い二場面を混ぜあわせたのが効果的だった。

後半の『笑点』方面への展開は蛇足だったようにも思うが、よくこんなに近い二要素を掛けあわせて面白くなると判断したものだと、思わず感心してしまった。


【ゼンモンキー】
神社で親友と彼女を取りあう二人。そこに現れた恋愛成就を願う第三者

その三者が絡んでいく展開はスムーズだが、そこからの飛躍がなく小さくまとまっている印象。結果、小ネタを羅列したような感触が残った。

若い人のほうが、むしろ真面目で小さくまとまりがちというのはどこの世界でも意外とよくある話で、これから先どうはみ出していくのかが見たい。


【隣人】
チンパンジーに落語を教える落語家という無茶な設定に期待するが、その後の展開はそこまで奇妙なものでもなく、徐々に心を通わせていく、というベタなストーリーの範疇に落ち着いてしまった印象。


ファイヤーサンダー
サッカー日本代表メンバー発表を待つ選手。と思いきや、それが選手ではなく選手のモノマネ芸人であることで、モノマネ芸人ならではの悲哀が滲み出る。このひとひねりが効いていた。

ネタのクオリティは高かったが、冒頭からのインパクト重視の流れを変えるまでには至らず。「なんで日本代表より層厚いねん」という、モノマネ芸人界へのリアルな叫びが響き渡った。


サルゴリラ
一本目はディレクターにネタ見せをするマジシャン。一見さほどでもない地味な設定にも思えるが、いざやってみるとマジック以前に、このマジシャンのややこしさがどんどん明らかになっていく仕掛け。

マジックには明快な方法論があるように我々は勝手に思っているが、受け手のことを何も考えていない人がやると、その凄さはとんでもなく伝わりづらくなってしまうという発見。

当たり前のルールをあっさり無視している人を目撃することによって、それまで見えていなかったルールが炙り出されて見えてくるという逆説がここにもある。

二本目は、最後の試合に負けてしまった野球部の選手と監督の会話。ありがちな設定かと思いきや、この監督がなんでもかんでも魚に喩えて話をするという謎のスキルを発動。

こちらも一本目と同じく、もっと普通にわかりやすく整理できるものを、つい本人の余計な工夫によりややこしくしてしまうという、人間の持つおかしみと哀しみが同時に襲いかかってくる。

いずれも人間という存在の持つ面倒くささと、だからこその愛おしさを見事に表現していて、二本とも断トツ一位という納得の完全優勝


ラブレターズ
彼女の実家へ挨拶に伺うという緊張の場面。にもかかわらず、向こうの母親はアパートで謎にシベリアンハスキーを放し飼い。

設定の道具立てからして、犬がどう絡んでくるのかと気になって観ていたが、大半が犬の鳴き声に対して壁を叩いて来るお隣へ叩き返すことの繰り返しで、この叩くことの反復がグルーヴというよりは単調さにつながってしまった感があった。


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『THE SECOND~漫才トーナメント~2023』感想

M-1』とは大きく異なる4点が、複合的に作用した結果どう出るのかがなんとも興味深い大会だった。その目立った違いとは以下の4点。

①結成16年以上。(現行の『M-1』は結成15年以内)
②制限時間6分。(『M-1』は4分)
③審査員は観客、及び3段階による採点方式。
④トーナメントによる対戦形式。結果、決勝まで残るとネタを3本披露することに。

まず①の経験値に関しては、やはりベテランならではの安定感が感じられ、全体に大きなはずれは見あたらなかった。逆に言えば採点が難しく、③の審査員コメントによる補足が期待できないため、特に低得点に関する納得感は乏しくなる。

ある意味ではそこで差を生まれやすくするために②の長尺設定が導入されたようにも思われるが、これに関しては意外な気づきもあった。時間が長ければ全体の構成や展開で勝負する漫才が有利になるかと思いきや、必ずしもそうはならなかった。

最後に優勝を決めたギャロップの漫才こそ、たしかに展開美を感じさせるものであったが、少なくとも決勝の対戦相手となったマシンガンズはそれとは正反対の無軌道なスタイルであったし、同じく構成力を見せつけたスピードワゴンは質が高かったにもかかわらず、一本目であっさり敗退してしまった。

そのギャロップのネタにしても、引っ張って引っ張って最後に回収するというシンプルな形式で、昨今の『M-1』で見られるような「プラスもうひと展開」が用意されているほどに入り組んだ形式ではない。

これは小説の世界でもよく言われることだが、「短篇のほうが構成が重要になる」ということなのかもしれない。これは逆説的に響くかもしれないが、長篇であるほどむしろいま目の前で起こっていることに目が向く傾向はあるように思う。それは長くなれば全体を俯瞰することが難しくなるからでもあるだろうし、前のほうでやっていたことを観ているほうが忘れてしまうというのもあるだろう。

とはいえ、これがいっそ30分漫才になれば、やはりいくつかの明確な展開は必要になってくるだろうし、伏線回収による快感もより強く感じられるようになる気もする。つまり短いからこう、長いのはこう、という一般的な傾向があるわけではなく、たとえば6分と7分でも最適とされる形は異なるし、それは各人が持っているスタイルとの相性にもよる、ということになるだろうか。

そしてこの傾向は言い換えるならば、「アベレージの高さよりも、瞬間最大風速の勝負になる」ということになるのかもしれない。ここには③の採点方式も絡んでくるし、④の対戦形式というスタイルも作用してくる。

まず、長尺になるとネタ全体の平均値で評価するのが難しくなる。これは構成と同じく、観る側にとって全体を丸ごと記憶しておくのが難しくなるからで、どうしても目立った数ヵ所の印象で判断しがちになるのを避けられない。

続いて、3段階における採点方式もそこに拍車をかける。今回は《3点=とても面白かった/2点=面白かった/1点=面白くなかった》という3段階評価となっていたが、何か突出した勢いのようなものを感じない限り、3点はつけにくいのではないか。

あるいはこれが2段階であれば、大爆笑はなくとも平均的に面白ければ2点満点をつけるだろうし、逆に5段階であれば、瞬間的な大爆笑だけでなく全体の平均値が高くないと5点満点はつけにくい気がする。これはあくまでも僕個人の感覚に過ぎないのかもしれないが、意外と2点と3点のあいだで悩む場面は多いように感じた。

そしてさらには、④の対戦形式もここに作用してくる。対戦した2組のどちらかに逐一軍配を上げなければならないとなれば、やはりそこには決め手というものが必要になってくる。それは全体のクオリティというよりも、記憶に残るフレーズや動き、もっと言えば大笑いした自分の感触といった一箇所の判断に頼りがちになるなのではないか。

つまり全体の平均的なクオリティよりも、瞬間最大風速の大きいほうが勝つ。溜めて溜めて最後に大きな一撃を放ったギャロップの漫才は、そういう意味でこの大会を象徴するものであったように思う。もちろん彼らの漫才には、全体的な質の高さも、さらには渾身の一撃へと持っていく構成力までもが充分に伴っていたわけだが。

とはいえまだ初回ではあるので、こういった傾向が続くのかどうかはわからないし、また別の正解だっていくらでもあるのかもしれない。正直観ているほうにとっても4時間強は明らかに長すぎたし、もし続くとなれば来年以降いろいろと改善される箇所もあるだろう。

しかし個人的には、同じ漫才の大会ではあっても、たった数ヵ所を変更するだけでこんなふうに変わるものかと、かなり興味深い大会であるように感じた。来年以降も継続されることを期待しつつ。


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