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『R-1ぐらんぷり2014』感想~「ジャンルレス」という足枷~

設定の自由度が高いからといって自由にできるとは限らない。自由は時に足枷となる。

 

THE MANZAI』や『キングオブコント』に比べ、ジャンル的には遙かに自由度が高い大会であるにもかかわらず、結局のところ毎度「あるある+α」の範囲内における勝負になり、その「α」に代入できる選択肢もかなり限られてきている。中身の充実よりも、演出やアレンジの方向性にばかり気持ちが向かい、結果として肝心のあるあるの精度がおろそかになっているケースが多い。そのせいか、今年は特に『エンタ』っぽさが強いと感じた。あるあるでなくても別に良いはずなのだが。

 

以下、登場順に。

 

《Aブロック》

レイザーラモンRG

のっけから、いつも通りのRG。お堅い大会で「いつも通り」を貫くことが、自動的にその場の空気に対するカウンターとなり、期待に違わぬインパクトを与えていたが、「いつも通り」とはつまり「想定内」ということでもある。だが他の人たちが地味すぎたため、唯一無二のスタイルという意味では最も目立っていた。消去法で彼を優勝させるという選択肢もあっただろうが、作品として評価するには結構な勇気が必要。

 

ヒューマン中村

得意の日本語考察ネタ。「ダサかっこいい」的な「形容詞+形容詞」という組み合わせはたしかに可能性を感じさせるが、言葉の扱いがやや生真面目すぎた。例年に比べても、ちょっと守りに入った感触があって飛躍が足りない。

 

【TAIGA】

客席との掛け合いも含め、完全に往年の『エンタ』系。だが肝心のあるあるネタ自体が浅く、ラストのオチもお約束的。ライブ感を最優先した作りなのだろうが、それが演者と観客の間で閉じた空気を作り出してしまっていた。

 

【スギちゃん】

お馴染みのワイルドネタにBGMをプラス。+αというほどのプラスではないが、それなりに楽曲との「間」を利用する箇所もあり、わずかな違いを見せようという意志は伝わった。「ワイルド」のフォーマットを生かしつつ部分的に崩すという形を模索し続けているようだが、やはりオリジナルの型には勝てず、中途半端な感は否めない。

 

《Bブロック》

小森園ひろし

ひとりコントだがかなり説明的で、テンションや感情が感覚的に伝わりづらい。内容的にも「かぶせ」が多く、ボケのバリエーションに乏しい。

 

ミヤシタガク

駅員コントだが、同じ駅員コントをやる中川家・礼二やななめ45°に比べるとデフォルメが弱く、インパクトが薄い。そのぶんリアリティがあるかというとそうでもなく、中盤以降は駅員っぽい喋り方がほとんど消えてしまった。

 

やまもとまさみ

ひとりコントでありながら、中身はヒューマン中村と同じく言語遊戯系という組み合わせ。一本目はうろ覚えの遠回しな言葉を連発するスタイルで流れを作り、そのまま押し切ることに成功。バイクを「岩城(滉一)」と呼び、尾崎的に「盗んだ岩城」と言い放ったところで優勝は決定したようなもの。

 

二本目は全体に言葉の精度が低下し、強固なフレーズが見当たらなかったが、一本目のアドバンテージで逃げ切ったという印象。

 

【中山女子短期大学】

歌+フリップネタ。カレーをこぼすくだりの繰り返しのみで引っ張る前半はやや低調だったが、その長すぎるフリがラストの魔王登場により爆発。しかしやはり前半の密度の薄さが足を引っ張ったか。独特の間と空気感が気になったので二本目も観たかった。

 

《Cブロック》

バイク川崎バイク

こちらもRG同様、いつも通りのBKB。きっちりやってあっさり終えた。すでに安定感すら漂っているが、やまもとまさみがバイクを「岩城」呼ばわりして爆笑をさらった後のバイクネタは、少々気の毒だったような気も。

 

【馬と魚】

一本目はマキタスポーツ的作詞作曲モノマネ。上手いのだが、詞か曲かモノマネか、全部それらしくできているだけに、ちょっと観る側が的を絞りづらい。見せ場をきっちり心得て的確に押し出してくるという意味で、マキタスポーツのほうがレベルが高いと感じた。

 

二本目は、とにかくつかみとアンコールで観客をイジッて空回りしたのが致命傷になった。自分でもどこがウケているのか、まだ掴みきれていないのではないか。千鳥や雨上がりとの絡みでもその不安定さが気になって仕方なかった。

 

おぐ

自らのハゲを最大限活用した自虐ネタだが、正直昨年チャンピオンの三浦マイルドに比べるとハゲ方が面白くない。ハゲと言い切るには中途半端な段階で、そこまでのイジり甲斐がないと感じてしまった。

 

じゅんいちダビッドソン

本田のモノマネは言い回しからポージングまですこぶる似ているのだが、審査員も客席も、本田のプレーを観たことはあっても、インタビューはあまり観たことがなかったのだろうか。この本田ネタだけでなく、『レッドカーペット』でやっていたアメリカあるあるも、個人的には妙に好きなのだが。客席はかなりウケていたように感じたのだが、思いのほか票が伸びなかった。

 

 

例年低調だと言われがちな大会ではあるが、今年は特に奮わなかった。こうなると、さすがに適切な枠組みや足枷が必要かもしれない。そこにルールがないと、人は行動の基準をすっかり見失い、他人の顔色を伺って似たような行動を取りがちになる。皆が明文化されていない空気を読んで「傾向と対策」のみで動くから、どうしても結果同じような場所に着地してしまう。バリエーションを求めるのならば、むしろ適切なルールは必要不可欠である。スポーツを例に挙げるまでもなく。