笑いは知を操る策士のはかりごとなのか、純真な阿呆の叫びなのか。
出だしから王者・令和ロマンが見事に口火を切り、ダークホースのバッテリィズが1本目の最高得点を叩き出したことで、今大会には自然とそんな対立構造が見えてきたような気がした。それでいうと同じく最終決戦まで残った真空ジェシカはどちら寄りなのかというと、どちらでもあるような、両者の中間地点にいるような。
しかしいずれのアプローチ方法を取るにしても、真実を射抜くことが笑いの本質であることに変わりはない。それが考え抜いた末に生み出された100個目の答えである場合もあれば、最初に思いついた1個目の答えである場合もある。それで言うと人は日々の生活に追われる中で、意外と1個目の答えというものを忘れがちなもので、だから「王様は裸だ!」と率直に言える人が尊いというケースも少なくない。
さてそんな今大会(どんな?)。
今年は1本目の1位~4位(最終決戦3組+エバース)までのレベルが高く接戦で、5位以下とは明らかに別次元にあると感じた。審査には毎年ある程度の疑問は残るものだが、終わってみれば1本目の2位から4位まではそれぞれ1点差の僅差で、しかも4位のエバースと5位のヤーレンズのあいだは23点も離れていて、まさにそのようになっている。
結果としてこちらが受けた印象どおりの数字になっているというのはいつものことながら不思議ではあるが、審査員が数多くいると上手いこと自然と平均が取れるものなのか、どうやらそういうことになっているらしい。
それでは以下、登場順に。
【令和ロマン】
トップバッターで出てきたディフェンディング・チャンピオンの第一声が「終わらせましょう」。こんなに完璧で、怖ろしい言葉はない。いきなり王者の貫禄を見せつける幕開けに震えた。
一本目は子供の名前を考えるという、それ自体はわりとありがちな設定。かと思いきや、それがいつのまにか苗字を変えたいという話になって、以降は苗字のほうが主役の話になっていく。ここの問題がすり替わる流れが、強引なのに自然で秀逸であると思った。
なぜならば子供の名前を考えるのは日常の行為だが、変えられない苗字をわざわざ考えるのは非日常の行為であるから。名前と苗字はとても近い要素であるように思えるが、それぞれについて考える行為を日常と非日常と捉えると、この二つはまったく別次元の話になる。そんな日常と非日常を違和感なくつなげて、気がつけば子供の苗字を考えることに疑問を感じさせない流れに持っていく運びが鮮やか。
以降展開される「苗字あるある」「出席番号あるある」の精度も高く、理想的な大会の滑り出しになった。
優勝を決めた2本目は、1本目のしゃべくり漫才とは打って変わって、髙比良くるまがキャラクターに入り込んで演じる戦国時代設定の漫才コント。
1本目とスタイルを変えてきたのが王者の余裕と懐の深さを感じさせ、1本目と同路線で勝負してきた最終決戦ほか2組との明確な差になった。ほか2組が1本目よりもやや弱いネタであったため、別方向で1本目と同レベルのクオリティを保った令和ロマンの安定感が際立つ結果に。自らハードルを上げきったうえでの、圧巻の連覇。
【ヤーレンズ】
昨年優勝を争った令和ロマンに続いて彼らが出てきたのは痺れた。設定はおにぎり屋の漫才コント。
しかし直前の令和ロマンがアドリブ感のあるしゃべくり漫才で席巻してくれたおかげで、その漫才コントの作り込まれたキャラクターが少々邪魔に感じられた。なんというか、すべての言動に1枚フィルターがかかっているような。
とはいえ、2本目の令和ロマンは漫才コントで優勝を決めているので、そういう問題でもないのだろう。個人的には、むしろフレーズ単位の精度のバラつきが気になった。
「反抗期→耕運機」「オダギリジョー→オニギリジョー」あたり、ところどころパンチの弱いボケが混じっていて、普段ならば持ち前のスピードで振り切れそうなところではあるが、やはり令和ロマンの精度に慣れた状態の観客の目は誤魔化しきれない。その点、審査員のナイツ塙評とは逆で、いらないボケがいくつかあると感じた。
【真空ジェシカ】
4年連続の決勝進出を果たしつつも、その小刻みにボケを繰り出していくスタイルは不変。
1本面は商店街のロケ設定。『少年ジャンプ』の掲載順の店並びになっているとか、パン屋でトングを使わない2人が出会うとか、「贈る言葉」の対義語が「貰い画像」であるとか、個々のフレーズや状況がいちいち面白く、その積み重ねによって独自の世界観を組み上げていく。
単発ボケの連打のせいで、全体を通して後半に向けての盛り上がりが足りないとはよく言われてきたことだが、ここまで貫いてこられると、これはこれで彼らの譲れないスタイルとして受け容れる体勢が観客の側にできてきているような気も。
2本目は、長渕剛のライブに行きたいのになぜかピアノがデカすぎるアンジェラ・アキのライブに行くことになる。
途中、うっすらと長渕の歌が聞こえてきたり、ピアノを弾いてなさそうな瞬間をつかまえて「ここは誰が弾いてるの?」と意外な角度からのツッコミが入ってくるあたりは面白かったが、1本目に比べるとボケの連打感が乏しく、やや間延びしているように感じられた。
1本目よりも全体の構成に気を遣ったネタであるように見えたが、こうなると1本目のほうが彼らの本領なのではと感じてしまうのがわがままな客の感想。
【マユリカ(敗者復活枠)】
高校の同窓会というありがちな設定を採用した以上、勝負どころは設定以外の場所に持ってくる必要があるが、中で繰り出されるあるあるの度合いも発想の飛躍もいまひとつ弱く、共感も違和感も中途半端に終わってしまった。
全体に楽しげな雰囲気は終始漂っているが、観ていて「楽しさ」と「面白さ」の違いを考えさせられた。どうにも小さくまとまってしまった印象。
【ダイタク】
つかみで繰り出される「伝家の宝刀」の動きが、いつも折り目正しすぎて笑ってしまう。
これは自分だけかもしれないが、ヒーローインタビューの最中に繰り出される「だいさんの」という台詞を、途中まで「第三の」だと思っていて、「〈第三の不倫〉というのは、つまり三度目の不倫ということ? それとも三股していたということ?」などと考えてしまって、それが「大さん」という兄のほうの呼び名を指していることに気づくのに時間がかかってしまった。
今回は徹頭徹尾双子ネタだったが、昨年の敗者復活戦で観た父親の話が凄く面白かったので、もしかすると第三者の話をするほうが面白い人たちなのかも、と思いはじめている。こちらは「大さんの」ではなく「第三者の」。
【ジョックロック】
大仰な振りつきのツッコミで勝負するスタイル。
マイナンバーカードのあたりなど面白いフレーズもあるが、シュールなことをやりそうな雰囲気がありながら、意外とベタな内容であると思った。
ツッコミがフォームを決めて繰り返してくるため、徐々にそれにも飽きてきて、もっと別の破天荒な動きにまで発展させてほしくなってくる。
ところどころ、声の大きさにそぐわない弱めのボケも混じっていて、動きも含め、型にはまらずもう少し柔軟に対応したほうが可能性が広がるのではないかと思った。
【バッテリィズ】
今大会の発見。かしこが阿呆にものを教えるというシンプルな構図が、古くて逆に新鮮に見える。スタイルとしては錦鯉に近いかもしれないが、あちらが天然全開であるのに対して、こちらはもっと自分が正しいと主張してくる感じ。
1本目は偉人の名言を教わる設定。
名言以前に「ガリレオ・ガリレイ」という名前に対して、「細そうすぎる」という絶妙にありそうでない言いかたで指摘するその言語感覚が秀逸。これは「細そう」でも「細すぎる」でも駄目で、やっぱり「細そうすぎる」としか言いようがないんだと改めて思う。
これは日本語の正しさに意識が行っている人ほど、万が一思いついたとしても確実に捨ててしまう表現であるはずで、その正しさに鈍感であるからこそ出てくる表現であると思うが、しかし感覚の表現としてはこちらのほうが圧倒的に正しいと感じるし、間違いなく芯を食っている手ごたえがある。
ほかにも、相手の説明がよくわからなかった際、わからないと言う代わりに「全部聴き取れたのに!」と言うことでその絶望的なわからなさを訴えていたのも、すごく気持ちが伝わってくる表現で思わず感心してしまった。
2本目は世界遺産を教わる設定で、サグラダファミリアを工事現場と捉えるところでグッと摑まれる。
その後も、「お餅焼いてるとき楽しい」などの純粋すぎるあるあるなどありつつ、「お墓参りばっかり」というのを軸に展開していくが、どうも1本目ほど阿呆じゃないというか、世界遺産に対する疑問がそこまで芯を食っていない感じがあった。
それでも後半、墓ばかり紹介された挙げ句に放たれた「もう誰も死なんといてー!」というフレーズは強烈で、こんなに本当の気持ちがこもったフレーズはほかにないんじゃないかとすら思った。
彼らはこの大会を機に、しばらく引っぱりだこになるだろう。
【ママタルト】
終始デブあるあるが繰り出されるが、それらが見た目の肥満度を超えてこないというか、もっと想像を超えたレベルの展開が欲しくなる。
ツッコミの声が大きく一本調子で、フレーズの強度と声の大きさが合っていない場面が多く、その声量で言うならばもっと強いワードを放ってほしいという場面が多かった。
全体にベタで古典的な印象。どこかに意外性がほしい。
【エバース】
初恋の約束という設定自体は珍しいものではないが、そこからの展開の緻密さが凄まじい。
とにかく想像し得る選択肢をすべて潰していくというある種偏執的な文体で、目標達成のための全ルートをいちいち検証していくジョルジュ・ペレックの奇書『給料をあげてもらうために上司に近づく技術と方法』を思い出した。
ひとつひとつ答えあわせをしていくその手順は、客観的に捉えるとミルクボーイのシステムに近いものを感じるが、こちらのほうがより解像度が高いというか、一個一個手前から順に塗り潰していく感触がある。
次々に提示される選択肢も、絶妙に観ている側の一歩先を読んでくる感じで、彼らの手のひらの上で翻弄される悦びがある。
昨年の敗者復活戦も素晴らしかったが、このスタイルと発想力があればどんな設定でも行けるはずで、理詰めの笑いに関してはほとんど最高峰と言ってもいいのではないか。
1点差で勝ち上がれなかった理由としては、立ち上がりがやや静かであったことが響いたように思うが、この大会で一気に優勝候補として認識されたのは間違いのないところだろう。
【トム・ブラウン】
「ホストクラブに通う女の子の肝臓を守りたい」という動機の気味悪さはいかにも彼ららしくて面白いが、「場がしらけない一気コールの断りかた」という設定はやや入り込みにくいように感じた。もう少し正解の見えやすい設定のほうが、ボケのズレ具合を認識しやすいのではないか。そこは昨年の敗者復活ネタに比べて、ややハードルが高かったように思う。
そこから前半の導入がいつもよりやや不親切だったのもあって、わりと序盤から状況が見えにくくなってしまった。もう少し段階を踏んで一歩ずつ踏みはずしてくれると伝わるのだが、いまさらこの破天荒なスタイルにそんな丁寧さを要求するのも野暮な話か。
しかし自ら張った動きの伏線を、もしかして一番真面目に回収し続けていたのは彼らであるような気もして、これほどまでに緻密なネタはないのではないかとも思えてくる。
いずれにしろ彼らの漫才が『M-1』というフォーマットに収まりきらなかったのは事実で、その孤高のスタイルは、届けるべき人にはすでにしっかりと届いていることだろう。