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テレビ/ラジオを自由気ままに楽しむためのレビュー・感想おもちゃ箱、あるいは思考遊戯場

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2021/8/9(月)のラジオ聴取日記~誰よりも先に飽きる能力~

月曜ラジオ

【聴いた番組】

有吉弘行のSUNDAY NIGHT DREAMER』(JFN系列)

安住紳一郎の日曜天国』(TBSラジオ

『サンドリ』はやはり、有吉の突発的な言動が面白い。その突発性にもたしかなプロセスがあって。

今回はアシスタントの元やさしい雨・松崎が、実は長男ではなく次男だと判明した瞬間の、有吉の手のひら返し(もちろんいい意味で。いい意味で?)が鮮やかに決まる。

これまで松崎にやさしく、時には厳しく親代わりのように接してきたのは、「親御さんに心配をかけている長男」という図式があったからで、それが「親に甘やかされてきた次男」だというのなら話は別だ。親御さんもそういう甘えん坊なところを可愛いと思ってきたのだろうから、もう勝手にしろ、と。

明らかに有吉はどっちも思っていないのだが(いや心配してはいるだろうが、次男だから心配しない、とはならない)、急に外から長男次男の典型的な図式を持ち出して、その借りものの構図に自らと相手を当てはめて理論を構築することで、これまでの関係性を一気に覆す。

突発的な展開に見えて、実は世間一般に蔓延している長男次男のイメージを巧みに引用しているから、妙な説得力が出てしまうのがなんだか痛快で。

キャラクターを作り上げるのは大事だが、パーソナリティとリスナーのあいだでキャラクターや関係性がすっかり定着してしまうと、今度は飽きが来てしまう。

だがそこでリスナーよりも自分が先に飽きちゃって、ひと足先に自らの手でキャラや関係性を壊しにかかるというのは、芸人に限らずエンターテインメントをやるうえで必須の能力なんじゃないかと最近思っている。

ある種の飽きっぽさと、飽きたら飽きたでその飽きを誤魔化さずに表明する能力というか。

「飽きる」というと聞こえは悪いけど、「他人に飽きられるより先に自分が飽きて変化してしまえば、永遠に飽きられることはない」というのは真実だろうか屁理屈だろうか。