ドラマ『まだ結婚できない男』初回レビュー
あの一級建築士兼超一級屁理屈屋の桑野信介が帰ってきた。まだ初回なので全開とまではいかないが、まずはドラマ史上最強のキャラクターと再会できたことが嬉しい。
その一方で、続編のキャスティングが発表された時点からの不安がやはり現実のものになってしまった、という感触も少なからずある。これから回を追うごとに良くなっていくことを期待したいが、一作目に比べるとややポテンシャルが落ちる相関図になっているのも否めないように見えた。
一つ目はもちろん、一作目のヒロインであった早川先生こと夏川結衣の不在である。これは僕の中での夏川結衣評価が異様に高いというのもある(その理由のすべては、ドラマ『青い鳥』における魔性の快演、もしくはそれを超えた怪演)が、やはり主人公・桑野の屁理屈に唯一対抗できるのは、変幻自在な表情をシームレスに繰り出すあの早坂先生しかいないと改めて痛感させられた。
もちろん、今作は主人公の年齢設定が高いとはいえ、最近の夏川結衣の役柄からするとラブコメのヒロインは難しいという判断は理解できる。その後釜として選ばれたのが、吉田羊というのも納得はいく。これはオリジナルのファンの、いわゆるないものねだりというものだろう。
ただし今回のヒロインにやや物足りなさを感じるのは、役者が異なるというだけではなく、おそらくは職業選択の問題もあるのだと観ていて感じた。
前作のヒロインである早坂先生は医者という立場から、桑野と日夜舌戦を繰り広げていた。それこそがこのドラマの真骨頂だと思うのだが、この二人の舌戦がすこぶる面白かったのは、どちらも毎度一歩も譲らぬ互角の戦いを見せていたからだろう。
そして二人が互角であったその要因には、早坂先生の医者という職業が少なからず関係していたように思われる。いくら屁理屈屋の桑野でもこと病気に関しては、さんざんごねてみせるとはいえ、最終的には医者の理屈のもとに従わざるを得なかった。
それはきっと、医者が素人にはない専門知識を持っているというのが大きい。強固な屁理屈も、有無を言わさぬ科学の前には通用しないことがある。そういう意味で、早坂先生の持っている医学というのは、史上最高の屁理屈屋である桑野と対等に渡りあうための、最強の武器であった。
対して今作のヒロインである吉山まどか(吉田羊)は弁護士である。「先生」と呼ばれる職業であることは医者と共通しているし、社会的な地位も同じく高いレベルにあると言えるかもしれない。そういう意味では似たポジションの設定になっている。
だが一話目を観ていて気になったのは、吉山弁護士の理屈が、しばしば桑野の屁理屈にあっさりと負けてしまっているという点だった。これは単に吉山の弁護士としての力量の問題ではなく、そもそも弁護士という職種が持っている理屈の方向性が、桑野が駆使する屁理屈に思いのほか近いということを意味しているのではないだろうか。
いやだからといって、弁護士の論法が屁理屈であると言いたいわけではない。そうではなくて、医者が用いるある種科学的かつ専門的な理屈に比べると、弁護士の理屈のほうが一般人が用いる理屈に近いということなのだと思う。弁護士の理屈は、医者の理屈ほど素人をバッサリと切り捨てることができない。
つまり理屈の方向性が似ているのだ。ゆえに弁護士より弁の立つ素人がいてもおかしくはなく、それが桑野であるということになるのかもしれない。
だがこの点に関しては、まだ一話目だということを考慮に入れる必要がある。弁護士にも専門知識があり、素人に踏み込めない領域というものが少なからずあるはずで、それはこの先発揮されることになるだろう。そうなれば桑野と互角の舌戦が見られるかもしれないし、作品として当然そこは目指してくるに違いない。それこそがこのドラマの真骨頂なのだから。
そして二つ目の不安要素は、前作で桑野のエージェント役として機能していた沢崎こと高島礼子の不在である。桑野のすべてを知る仕事仲間という立場から、随所で意味深な発言を放つ彼女の存在は、このドラマにおいて桑野の「取扱説明書」の役割を果たしていた。その役割をメインで果たすのはもちろん、前作も今作も英治(塚本高史)だが、沢崎も同じく桑野の取説を視聴者に伝える重要な役割を担っていたということに、今作で彼女がいなくなって改めて気がついた。
代わりに今作では森山という役名の若い女性(咲妃みゆ)が桑野の仕事をプロデュースするようだが、一話目の時点では「桑野のことを面倒くさがっている人物」という立ち位置にとどまっている。
とはいえ、「歳を重ねてある程度の立場になると、周囲に苦言を呈してくれる人がいなくなる」という現実の映し鏡としては、このキャスティングはむしろ順当かつリアルな若返りであるとも言える。現時点ではキャラクターの薄さが気がかりだが、前作の沢崎とは異なる関係性を桑野と築いてゆくことを期待したい。
なんだかこのドラマが好きすぎるあまり、細かな不安要素ばかり指摘する文章になってしまったが、やはり桑野信介はドラマ史上最強とも言うべき稀有なキャラクターであり、本作が今期イチ推しのドラマであることに間違いはない。回を重ねるごとに前作とは違う魅力が生まれてくることもあるだろう。とりあえず、年末へ向けて楽しみが増えたことを素直に喜びつつ見守っていきたい。
https://tver.jp/corner/f0040725
【『まだ結婚できない男』公式HP】