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アンガールズ単独ライブ『俺の個性が暴走しちゃう日』~ふとした「きっかけ」と止まらない「逆転劇」のダイナミズム~

アンガールズ単独ライブ2019 「俺の個性が暴走しちゃう日」

お笑い芸人は、一般に「ネタ」で世に出て「キャラ」でブレイクすることになっている。しかしこの二つを両立するのはそう簡単なことではなくて、もしかすると二律背反であるのかもしれないとすら思う。そしてこの両者の割合は、時代によっても少なからず変化している。

昨年の「好きな芸人ランキング」で、過去14連覇中であった明石家さんまを抜いて、サンドウィッチマンが1位になったことが話題になった。彼らもまさに、『M-1』をきっかけに「ネタ」で世に出たのち、テレビ出演を通じて「キャラ」でブレイクした芸人であると思うが、一方で彼らはブレイク以降も依然として「ネタ」を軸に活動を行っているコンビでもある。

彼らがいまだに毎年欠かさず全国ツアーをやっているのは有名な話で、そのツアーの地道な成果がこのランキングにつながっているのは間違いのないところだろう。それはあまりに遠回りな手法と思われるかもしれないが、これはかつての演歌歌手の売れかたであり、アメリカのミュージシャンもライブから評判を上げてブレイクするパターンが多い。

彼らがランキングトップに輝いたという事実は、「ネタ」を愛する芸人たちに大きな希望を与えたのではないか。また受け手であるお笑いファンにとっても、「やはり芸人はネタで評価されるべきだ」という価値観が、少なからず見直されるきっかけになったのではないか。

前置きが長くなった。というか前置きが長い場合は、すでにそれが本題である可能性が高い。すでに「ネタ」でも「キャラ」でも世間に認知されているアンガールズの単独ライブ『俺の個性が暴走しちゃう日』は、そんな時代の転換点である今、もっとも理想的な配合比率で「ネタ」と「キャラ」が練り込まれたライブだった。

アンガールズのネタには、独特の世界観というか「因果律」がある。それは「正気と狂気がふとしたきっかけで反転する」世界であり、「弱者と強者が一瞬にして入れ替わる」という原理である。つまり彼らのネタの中では、頻繁に「逆転劇」が起こっている。それが観る者に大きなカタルシスをもたらす。

逆転劇を起こすには、むろん何かしらの「きっかけ」が必要となるが、彼らの場合、それはけっして派手なきっかけではない。バイト面接に来た青年がふと口にした綺麗事であったり、後輩が表明したちょっと癖のあるマイルールであったり、ほんの些細なきっかけを拾うことによって人間関係がギクシャクしはじめ、やがて逆転する。

この逆転劇の「きっかけ」を見つける人間観察力と洞察力、そしてそんなちょっとしたきっかけから、過剰防衛ともいえる行きすぎた「大逆転」にまで持っていく展開力。そんな、些細な言動から壮大な逆転劇を巻き起こす振れ幅=ダイナミズムが、大きければ大きいほど面白い。

そうやってネタが展開してゆくダイナミックなプロセスを、今回のタイトルである『俺の個性が暴走しちゃう日』というネーミングが見事に言いあらわしている。人間関係が逆転する「きっかけ」のポイントに辿りつくまでは、ネタとして精緻に組み立てられていくが、いったん逆転が起こったのちには、火のついたキャラクター=個性が暴走をはじめ、やがてネタの枠組みを軽々と超えた予想外の境地へと観客を連れていく。

繊細なネタと、その枠外へと大胆にはみ出してゆく圧倒的なキャラクター。「ネタ」と「キャラ」という芸人必須の二大要素が別々の次元ではなく、あくまでも「ネタ」という土台の上で存分に表現されているところに、アンガールズという芸人が持つ芯の強さと矜持を感じる。芸人が本気の「ネタ」をたゆまずやり続けることの重要性を改めて痛感させる、体型に似合わず頼もしい「笑い」がここにある。